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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15022号 判決 1970年5月26日

原告 岩月興業株式会社

右代表者代表取締役 岩月藤一

右訴訟代理人弁護士 今川一雄

同 田辺勲

被告 鵜沢華子こと 井上ハナ

右訴訟代理人・弁護士 森田洲右

主文

一、被告は原告に対し別紙目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和四四年一〇月五日から右明渡ずみに至るまで一か月金五二、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

二、原告のその余の請求は棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告の申立)

「被告は原告に対し別紙目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和四三年八月一日から右明渡ずみに至るまで一か月金五七、二〇〇円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求める。

(被告の申立)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(原告の請求原因および主張)

一、別紙目録記載の建物部分(以下本件建物という)は原告の所有であるが、被告は昭和四三年七月以前から本件建物を占有している。

二、右占有には何の権原もないので、原告は被告に対し、本件建物の明渡と、昭和四三年八月一日から右明渡ずみに至るまで一か月金五七、二〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

三、原告が被告に対し本件建物を賃貸したとの被告の主張事実は否認する。

原被告間に被告主張のとおり別紙二、別紙三の各起訴前の和解が成立したことは認めるが、これによって原告が被告に本件建物を賃貸したものではない。本件建物は訴外福村孝子が不法に占有していたので昭和三六年一二月二三日原告と同人との間で東京簡易裁判所昭和三六年(イ)第九九三号和解事件につき別紙一のとおり和解が成立していた。ところが昭和三七年九月初旬頃被告が原告に無断で本件建物の占有移転を受け、造作改造に着手したので、原告はその禁止を求めたところ、被告は本件建物の使用を認めてほしいと懇願したので、原告としては本件建物を取りこわしその跡地を含む土地にビルディング建築の予定ではあったが、別紙二の和解の条件を遵守するなら明渡を猶予してもよいと答え、被告は不法占有を認めてこれを承諾した。そこで別紙二の和解が成立して明渡を昭和四一年五月末日まで猶予し、さらに別紙三の和解で昭和四三年五月末日まで猶予したものである。

右和解において被告が不法占有を確認していながら、真実の法律関係は賃貸借契約であると主張することは民法第六九六条に反し許されない(裁判上の和解には私法上の和解契約が併存する。)。

四、仮に右各和解により原被告間に本件建物の賃貸借契約が成立したとしても、その期間は第二回の和解で認めた昭和四三年五月末日であり、これが更新されたとすると、以後期間の定のない賃貸借となったところ、原告は被告に対し、昭和四四年四月発翌五日到達の内容証明郵便で仮定的に賃貸借契約の解約申入をなし、右申入には次のような正当事由があるから、六か月経過の昭和四四年一〇月四日をもってその賃貸借契約は終了した。すなわち原告は本件建物の敷地に十数年前からビル建築を計画していたもので、被告が本件建物に入居した際も念書および二回の和解調書でこれを認め、その旨明記されている。そして原告は昭和四五年五月を期し「第二岩月ビル」に着工の予定ですでに資金計画の樹立、設計図の作成を終り、本件建物の敷地を含むビル建設予定地の全居住者との立退交渉も成立し、右着工予定日までに立退くことになっている。

(被告の答弁および主張)

一、請求原因事実第一項は認め、第二項は争う。

二、被告は昭和三七年九月一二日原告から本件建物を賃借し、その賃貸借の期間が更新されて現在に至っているものであるから、正当な占有権原を有する。

すなわち被告は本件建物の前賃借人福村孝子に権利金三五〇万円を支払って同人から賃貸借を引継ぎ、前記日時原告事務所において、原被告間で期間四年賃料月四五、〇〇〇円、敷金六か月分二七万円、店舗として使用する目的の賃貸借契約を結んだ。ところが原告は被告の立場の弱点と法律知識の欠陥に乗じ、通常の賃貸借契約書では都合が悪いので、被告を不法占有となし、原被告間に何ら紛争がないのに即決和解の形式をとることを要求し、昭和三七年一一月二六日、東京簡易裁判所昭和三七年(イ)第九三〇号建物明渡和解事件で別紙二の和解が成立し、これを踏襲して昭和四一年五月一三日、同裁判所昭和四一年(イ)第二六〇号家屋明渡事件で別紙三の和解が成立した。別紙三の和解の所定期間経過後原告はさらに即決和解の申立を同裁判所にしたが、被告は和解条項の不合理、不利益を知りその変更を原告は申出たが拒否されたために和解に出頭しなかってので、不調となったものである。

三、右各和解は文言上からみると、不法占有を被告が認め、損害金を支払って明渡を猶予されたにすぎないように感じさせるが、前記被告の占有の経過、被告がすでに一回の更新を含め六年八か月使用していること(福村のときを通算すれば一〇年近くになる)、被告は原告に保証金として初回二七万円、昭和四一年の更新時に一九万八、〇〇〇円、昭和四三年五月の更新時には敷金として四六、八〇〇円、計五一万四、八〇〇円を預け入れていること、賃料は損害金の名目で昭和三七年一〇月分から三九年五月分まで月四五、〇〇〇円、同三九年六月分から四三年六月分までの間に月四九、五〇〇円、五二、〇〇〇円、五七、二〇〇円と順次増額されていること等を考えると、和解調書の条項に拘らず、正常の賃貸借契約が締結されているものと考えるべきである。

四、原告は仮定的に賃貸借契約解約申入の主張をするが、昭和四三年五月末日の期間満了前六月ないし一年内に更新拒絶をしていないから、前賃貸借と同一の条件(期間を含む)で更新され、昭和四五年五月末日まで賃貸借が存続し、原告は解約申入ができない。

仮にそうではないとしても、原告の解約申入に正当事由はない。すなわち原告のビル建設時期はいまだ確定していないし、一方被告は女手一人で本件建物ですし屋を経営し、この事業に権利金三五〇万円、内装工事に一〇〇万円、什器備品に五〇万円等の費用を投じており、他に同一条件の店舗を設けるには数百万円を要し、遠地に移れば顧客を失い、多大の損害を受ける。従って原告の明渡要求は被告の生活権、営業権を剥奪するものである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、本件建物が原告の所有であり、昭和四三年七月以前から被告がこれを占有することは当事者間に争いない。

二、被告は賃貸借を主張する。

原被告間に別紙二(東京簡易裁判所昭和三七年(イ)第九三〇号、同年一一月二六日成立)、別紙三(同裁判所昭和四一年(イ)第二六〇号、同年五月一三日成立)の各起訴前の和解(即決和解)が成立したことは当事者間に争いなく、右二回の和解は基本的内容は同様で順次踏襲されたものと認められ、その骨子は被告が本件建物を不法占有することを認めた上、所定損害金を原告に支払うことにより原告が所定期限まで明渡を猶了することにある。

三、ところで右和解成立の事情について次のとおり認められる。≪証拠省略≫を総合すれば、本件建物は昭和二七、八年頃から原告が横井某に賃貸し横井はそこでバーを営んでいたが、その後福村孝子が原告に無断で右バーを引継ぎ、占有を移転するに至ったところ、原告はかねてから本件建物敷地を含む土地上にビルを建築する計画であったがまだ先の話であったので、福村に対し昭和三六年一〇月三一日まで明渡を猶予し、さらに原告のビル建築延期に伴い、昭和三六年一二月二二日、原告、福村間で東京簡易裁判所昭和三六年(イ)第九九三号室明渡和解事件につき別紙一の和解が成立し、昭和三九年一〇月三一日まで損害金を支払うことにより明渡猶予を延期することになったこと、ところが昭和三七年八月頃、すし屋開業を希望する被告は鈴木二郎の仲介で福村から本件建物使用権(この段階では文字通り明渡猶予の状態と認めるが、右関係者の主張からみて仮にこのように表現する。)を備品、什器ともで三五〇万円で買受けることになり、原告の承諾を得るにつき同年九月から一〇月にかけ、原告(担当者は主として専務取締役大武鎌一)との間に種々折衝がもたれたこと、同年一〇月初め頃に至り原告は別紙二の即決和解をすることを条件に被告の申出を認めることになり、別紙二の和解が成立し(日時は少しおくれ一一月二六日)、原告はすし屋としての改造も承認して、被告は約一〇〇万円を投じ一〇月から一一月一〇日頃までに改造工事をした上開店したこと、その後原告のビル建築が延び延びになったので昭和四一年五月一三日別紙三の和解をするに至ったことが認められる。証人大武の証言と原告代表者の供述中、被告が昭和三七年九月頃すでに原告に無断で福村から占有移転を受けて改造に着手し、紛争状態にあった旨の部分はたやすく措信できない。

四、そうすると当時被告が本件建物の使用を開始するについて原告がこれを承諾するかどうかの問題があっただけで、本件建物の占有権原の有無について原被告間に係争があってこれを互譲により解決したものとは認められないから、別紙二、三の各和解条項中「不法占有」を確認する趣旨の部分は和解としての拘束力(民法第六九六条)がなく、被告の占有権原の有無は別に判断して差支えない。なお別紙二の和解第一項で、被告が福村から占有の移転を受けすでに占有中であるように表現してあるが、これも占有開始時期について係争があったわけではないから、前同様の理由で占有開始の経過を前記のように認定して差支えないのである。(右各和解内容の合意自体としての効力ならびに債務名義としての効力の有無は全く別問題である。)

五、そこで被告主張のように、前認定の経過事実が賃貸借成立と認められるかどうかをみる。

前記被告の本件建物使用の経過、各和解の内容趣旨、≪証拠省略≫を総合すると、原告はビル建築計画はあったがそれが本格化するまでは本件建物を有効に収益したい意思であったこと、しかもビル建築実現に差支えのないように和解にしておく必要から本件和解をしたものであって、被告が明渡さないためやむなく譲歩して期限を延長して来たというものではないことがうかがわれる。このことは、各月の被告の支払金が名日は損害金であるが、月四五、〇〇〇円から四九、五〇〇円(昭和三九年六月分から。)≪証拠表示―省略、以下同じ≫、五二、〇〇〇円と増額され、さらに原告が昭和四三年別紙三の和解の期間満了にあたり五七、二〇〇円に増額を申入れていること(但しこれは不調になった。)、期間も約三年半、二年と延びて来て、原告はさらに昭和四三年には二年の延長を自ら誘引していること(不調になった。)、保証金名義で原告は相当多額の金員(合計四六万八、〇〇〇円)を預託させ、昭和四三年には敷金として(単なる誤記とみるわけには行かない。)四六、八〇〇円を要求したこと、期間満了の場合の明渡文言が明らかになっていないことなどからも裏づけられる。以上の事実と、被告としては賃借と考えていたこと(被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨で認める。なお原被告間に一般の賃貸借契約があったとの証人河野高明の証言と乙第一一号証記載は措信できない。)を考え合わせれば、原告は被告に対し本件建物を本件各和解所定の期間、賃料(名目は損害金)、敷金(名目は損害金保証金)をもって賃貸したと認めるのが相当である。これは本件各和解内容および原告の行動の実質の解釈裁判所の和解はその文言を重視すべきことは当然であるが、そのうち即決和解はまま当事者の都合のよいように簡易に利用されることもある実情からみて、本件のような場合、全体としての和解の効力はできる限り認めるべきであるけれども、その文言の裏にひそむ実体関係はこれを認定することを妨げない。

六、そうすると被告は別紙三の和解で昭和四三年五月末日まで賃借していたところ、借家法第二条所定の更新拒絶があったとの主張立証はなく、新たな和解も不調となって特段の約定がなされなかったので、右賃貸借は法定更新され、以後期間の定めのない賃貸借となったわけである(最高裁判所昭和二八年三月六日判決、民集七巻四号二六七頁)。

七、そこで原告は仮定的に賃貸借契約解約申入の主張をし、原告が昭和四四年四月五日到達の内容証明郵便で右申入をしたことは被告が明らかに争わないから自白したとみなす。よって右解約申入の正当事由があったかどうかをみるに、前記認定の各経過事実からみて、本件賃貸借は一時賃貸にも近い性質のもので本件建物の敷地に原告がビル建築を計画していたのでそれが実現するまで貸す趣旨であり(その効力の有無はさておく)、そのことは和解においても明確にされ、被告もこれを承知の上で通常の賃貸借契約とは異なった方法で行なわれたこと、被告は銀座において飲食営業をするほどであるから単に無知な一女性とは考えられないこと、本件建物は銀座六丁目という公知の一等地に所在し、被告は現在まで七年余にわたり相当程度投下資本を回収したと推定されること、本件のような二階建木造建物をとりこわしビルを建てるということも一等地の利用を全うするため相当と考えられること、原告のビル建築は第一期工事分はすでに完成し、本件建物、敷地を含む土地に建築予定の第二期工事も具体化し、昭和四五年五、六月頃にも着工する予定で計画を進めていること(証人大武の証言、原告代表者尋問の結果、後者により成立の認められる甲第九号証で認められる。なお本件係争のため実際は延びることが予想されるが、明渡が完了すれば着工できると認められる。)、被告に家族はないこと(被告本人尋問の結果で認められる。)、その他本件一切の事情を総合すると、原告の解約申入には正当な事由があったと認めるのが相当である。もっともビル着工予定が昭和四五年五、六月(これは乙第五号証による延長予定期間と一致)とすると、原告の解約申入はやや早目とも思われるが、被告は原告の和解延長誘引を拒否して和解不調となり本件係争となったので被告は容易に立退く意思がないところ、ビル建築は相当大事業であるからその敷地確保等準備のためにも早目に解約申入をしておく必要があり、やむをえないと考えられる。

八、そうすると、原告の解約申入の到達した昭和四四年四月五日から六か月を経過した同年一〇月四日をもって本件賃貸借は終了したと認めざるをえない。従って被告は以後本件建物を権原なく占有するものであるから、原告に対しこれを明渡し、かつ昭和四四年一〇月五日から右明渡ずみまで一か月五二、〇〇〇円(別紙三の和解所定の損害金相当額。原告主張の五七、二〇〇円はその根拠が十分でない。)の割合による損害金支払の義務があると認める。

九、よって原告の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用し、仮執行の宣言については事案の性質からこれを付さないのを相当としてその申立を却下するものとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇)

<以下省略>

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